日本地理学会1999年度春期学術大会発表要旨(日本地理学会発表要旨集No.55 pp.292-293掲載)

兵庫県関宮町における生活用水・排水システムの変容:スキー観光地域の事例を中心に

矢嶋 巌(関西大・院)

T はじめに
 生活用水システムや生活排水システムについては様々な分野から研究が進んできている。地理学からも研究が行われ,島嶼や扇状地,台地などを中心に事例研究が進んできている。こうした研究の中で上・下水双方を対象としたものは多くはなく,また,観光開発による影響を受けた地域や山間地域を対象とした研究も決して多いとはいえない。農山村においてはツーリズムにより地域振興を図るところが増加しており,生活用水・排水システムについて,山間地域の既存の開発事例を検討することには意義がある。
 本報告は,兵庫県養父郡関宮町のうち,氷ノ山と鉢伏山の山麓に位置するスキー観光地域を事例として,生活用水・排水システムの変容と,第二次大戦後に当該地区で進んだスキー場開発を中心とする開発の影響を明らかにする。

U スキー場の発達
 関宮町には町西部の熊次地区とその周辺(旧熊次村)に5カ所のスキー場があり,これらの周辺の集落に民宿が集中している。戦前からツアースキーが行われていたが,1958年に最初のスキーリフトがハチ高原に設置され,これ以降,本格的なゲレンデスキー場開発が進み,新規のスキー場造成も行われ,民宿経営が盛んになってきた。ハチ高原を中心として,関宮町では夏季の観光客が増加し,通年型の観光地へと変化してきているが,民宿数は減少してきている。

V 水道・下水道の現況
 同町の1996年度末の上水道普及率は92.2%(上水道,簡易水道,専用水道)である。この他,兵庫県が条例で定める小規模な飲料水供給施設(特設水道)の給水人口率が3.3%である。水道施設は兵庫県水道施設調書によれば,簡易水道7カ所,特設水道2カ所で,そのうち,スキー観光地域に簡易水道3カ所,特設水道2カ所がある。その3カ所の簡易水道は同調書では公営となっているものの,うち2カ所は実態としては集落による自治的運営(組合営)である。2カ所の特設水道は名実ともに組合営である。これらのような集落が運営するムラの水道を本研究では集落水道と呼ぶ。
 下水道整備は緒についたばかりで,1996年度末の下水道普及率は2.0%で,1995年度の浄化槽による処理人口率は26.3%である。

W スキー観光地域における生活用水・排水システムの変容
 1955年以降,生活環境改善のために大部分の集落で集落水道が建設されたが,建設されずに各戸で個別に,もしくは数戸で水源を確保する集落もあった。集落水道の水源は湧水か,生活排水が流入するおそれのない未開発地域の表流水に求められた。民宿経営が本格化すると水量が不足し,水源を増強した集落水道もあった。また,宿泊客への配慮から,当該地域では比較的早期に屎尿のみを処理する単独処理槽が普及し,そのための水源確保にも迫られた。
 集落水道は現在も当該地域にみられ,集落の水源となっている一方,民宿経営が廃れてきた集落や民宿がない集落では,町営水道が建設されたり,経営が町に移管した場合が多い。なお,町は当該地域の集落水道の給水区域に統合簡易水道を建設する予定ではあるが,実現には至っていない。一方,下水道はほとんど普及しておらず,八木川の汚染が進行している。用水路の排水路化により,川や用水路の水汲み場である「ツカイト」の利用はほとんどなくなった。なお,ハチ高原地区には公営の上水道施設
はなく,個別もしくは共同で生活用水源が確保されている。また,生活排水処理は単独処理槽による屎尿のみの処理が半数以上を占めていたが,水域の深刻な汚染が問題となり,公共下水道が建設され,1995年から稼働している。

X 考察
 関宮町のスキー観光地域の事例から,低コスト,水源の水質が良好なことなどを要因として,当該地域では民宿経営が上水道施設の町営化を遅らせ,集落水道を保持することにつながっている可能性があるといえる。また,多客期や非常時に確実に生活用水の量を確保するために,集落水道レ
ベルや家庭レベルで水源を分散化している場合が多い。一方,民宿経営が単独処理槽の普及を早めたが,その後,生活雑排水をも処理する合併処理槽には更新されず,スキー観光地域を中心に水域の汚染が進行している。開発は民宿経営に必要な生活用水源の安定的確保と単独処理槽の導入を促したが,差し迫って必要のなかった生活雑排水処理をおざなりのものとさせた。つまり,開発が生活用水と生活排水の関係を分断させ,それが八木川の汚染につながってきているともいえる。

<文献>
西村登(1995):水生動物からみた但馬地方諸河川の水質の現状:1988年と1993年および1960〜1980年頃との比較.関西自然保護機構会報,17(1),pp.3-17.


於専修大学,1999年3月

(c) 矢嶋 巌/YAJIMA Iwao 1999


キーワード:生活用水,生活排水,集落水道,開発
Keywords: Domestic water, Domestic wastewater, Community water supply, Development


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