人文地理学会第239回例会発表要旨(人文地理 第53巻4号 p.81掲載)

山間地域における集落水道の普及:兵庫県養父郡関宮町を事例として

矢嶋 巌(関西大学・非)

 日本における1998年度末現在の水道普及率は96.2%と極めて高い。しかし,山間地域を中心に,水道普及率が低い市町村が少なくない。これらの市町村には水道法でいう水道にあてはまらない小規模な水道施設が存在し,それらは集落や個人などで運営されている場合が多い。山間地域を擁する兵庫県北部の但馬地域は,早くから水道普及率は高かったものの,それは小規模な水道の普及に負うところが大きかった。生活用水についての事例研究を顧みると,水道普及率が比較的低い山間地域を扱った例や,小規模な水道についての研究は決して多いとはいえない。そこで,山間地域にあって冬季の積雪のために比較的水源に恵まれている兵庫県北部の関宮町について,1950年代以降の小規模な水道の敷設から,現在の三つの広域簡易水道に統合されるまでの過程を明らかにし,山間地域における集落水道の動向について,予察的考察を行った。その際,同町の旧関宮村のうち,性格を異にする6集落を取り上げ,具体的な事例として報告した。

 関宮町旧関宮村では,1932年に中心集落に最初の簡易水道が敷設されたものの,中心集落以外では,1950年代半ばまでは生活用水は川や用水路,井戸,湧水,渓流水などに求められていた。1950年代前半以降の全国的な簡易水道敷設ブームに対応して,関宮町旧関宮村では1950年代後半に,非公営の水道が相次いで敷設された。敷設のための主たる資金源は,集落が運営する水道の場合,共有林の売却による収益や国・県の補助と起債であったが,数世帯で共同で敷設した水道の場合,加入世帯が工事費を負担した事例がほとんどであった。関宮町は1975年に策定した水道統合整備計画に基づき,町内の水道施設を町営の4広域簡易水道,3簡易水道に集約する方針を打ち出し,その給水区域は小学校区を基本としたが,それは水源たりうる水源地の標高を勘案した結果であった。町は各集落との調整を行い,広域簡易水道への統合と非公営水道の町営化を推進し,2000年度末現在で3広域簡易水道,4簡易水道,2特設水道にまで集約されてきている。

 各集落の個別事例研究からは,集落によって水道の敷設から町営水道への統合に至るまでの経緯が大きく異なっており,それは,水源や集落の社会的状況など,各集落の個別事情によるところが大きいことが明らかになった。また町は,国の水道政策の変化とその時代背景でもある水に関する生活スタイルの変化にも後押しされ,地域社会からの一様でない要求に調整しつつ応じ,水道整備を進めてきた。

 以上から,水道の創設が相次いだ1950年代後半は,山間地域の地方公共団体である関宮町が水道を敷設する力がない時代でもあり,地域社会は独自に水道を敷設する必要に迫られた。その後,非都市地域において各種の社会資本整備が進展し,水道も地方公共団体が担うことが当然の時代になったものの,地域社会は水道を取り巻く個別事情に左右されながらも,敷設した水道施設を維持してきた。しかし,その後,地域社会は水道施設を維持しきれなくなり,水道を行政に委ねざるを得なくなった。このことは,山間地域の地域社会の弱体化しつつある状況を反映しているともいえる。

 なお,従来の水道設備を保持することの意義として,水道との関わりが水の環境保全行動につながるという側面や,家庭や地域社会レベルで災害などに備え生活用水の水源分散化をするための選択肢として山間地域に残存する非公営の水道設備を水源分散化の選択肢に加えることができるものの,関宮町の事例から,今後これらの水道設備を維持していくことが容易ではないことを指摘した。

 今後の市町村合併問題や水道業務の一部民間委託などに留意しつつ,山間地域の生活用水の変容について,さらに事例研究を重ねる必要がある。

於関西大学百周年記念会館,2001年4月

(c) 矢嶋 巌/YAJIMA Iwao 2001


学術情報センター報告キーワード

山間地域 集落水道 小規模水道 統合 地方公共団体 水道政策
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